2025年5月4日日曜日

2025年4月22-24日 松江・出雲を巡る旅

まだ一度も行ったことがない山陰地方に行こうということで、この春の旅行は松江・出雲を巡ることにした。

4月22日 薄曇り
たまプラーザ7:00発の高速バスで羽田空港に向かう。バスの空港着は8:00の予定なので、保安検査の最終時刻までは50分ほどの余裕があるはずだった。ところが、横浜青葉インター付近での事故による渋滞で料金所の通過に15分もかかってしまった。その上、首都高速湾岸線も断続的に渋滞してどんどん余裕がなくなってきた。結局、保安検査場を通過できたのは最終時刻の15分くらい前だった。さらに一番奥の搭乗口まで長い長い通路を急ぎ足で歩いてやっと辿りついた。
慌ただしく登場して9:10定刻出発。どうやら気持ちが落ち着いたところで外を眺めると、雪を纏った雄大な南アルプスが眼下に広がった。


1時間ほどして着陸態勢に入った頃、ゆったりとした残雪の山が目についた。氷ノ山のようだ。この時期としては残雪が豊富で標高1500mほどとは思えないような立派な山容だ。


程なくして大山を眺めながらほぼ定刻通りに米子空港に着陸。天気は高曇り。レンタカーで美保関の三保神社に向かう。三保神社は豊かな森を背に堂々とした佇まい。ここは商売繁盛、漁業・海運の神、田の虫除けの神として8世紀には既に信仰を集め、近世からは出雲大社と併せて参拝されてきた歴史がある。付近は水産加工が盛んらしくイカを焼くような匂いが境内に漂っていた。。


小さな入り江の奥の三保関は波静かで、港からは海の向こうに大山が眺められた。


参拝を済ませ美保関灯台を訪ねた。重要文化財に指定されている灯台は島根半島の東の突端にあり、日本海が眼前に広がる。


付近に群生する白い花はヒメイカリソウだろうか。


灯台の建物内にあるビュッフェで日本海を眺めながら昼食を済ませた後、三保湾、中海に沿って松江に向かい宍道湖畔の宿に到着。荷物を預けて松江城前の駐車場に車を停めて国宝の松江城を見学した。松江城は想像を超える立派なお城だ。


城の見学後は、松江市が工芸品陳列所として城内に建てた興雲閣というレトロな施設内のカフェでコーヒーを飲みしばし休憩。その後、城の北側の稲荷神社の門前を経て塩見縄手という街並が保存された地域にある小泉八雲記念館を訪ねた。小泉八雲の生涯が詳細に記された展示は大変素晴らしかった。見学を終えて外に出ると雨が降り出していた。城の北側から東側をお堀に沿って歩き駐車場に戻り、宿にチェックインしたのは4時半頃。部屋で寛いでいると窓の外に小鳥が見えたので、窓を少しだけ開けて隙間から望遠レンズで撮影。イソヒヨドリとトラツグミのようだ。





4月23日 小雨が降ったり止んだり
小雨の中を宍道湖に沿って車を西に走らせ出雲に向かう。道は一畑電車と並行しているが電車の本数が少ないのか見たのは2度ほど。出雲大社の入り口を通過して稲佐の浜から山道を進む。灯台に到着する少し手前に海側に開けた場所があり、そこから日御碕神社を望めた。風格ある境内の向こうには日本海の水平線が見えた。


日御碕灯台に到着。灯台は重要文化財に指定されている。昨日見た美保関灯台の低くてずんぐりとしたフォルムとは対照的に背の高いすらりとしたフォルムだ。


幸いにも雨は上がり風も弱く、散策路からは島根半島北岸の景色を楽しめた。


灯台の傍でスミレを見つけた。海岸近くに育つアツバスミレだろうか?


来た道を少し戻って先ほど眺めた日御碕神社に到着。また雨が降り出した。日御碕神社は、出雲大社の祖神(おやがみ)さまとして古くから崇敬を集めていたとのことで大変立派な境内。殆どの建物が重要文化財に指定されている。傘を差しながら各社殿を参拝した。


帰り際、駐車場のトイレの壁に小さな蛾を発見。フタナミトビヒメシャクだと思う。なかなかよい色合いだ。


出雲大社に詣でる前に稲佐の浜に寄る。ここは神無月に日本中から集まる神様を迎える浜とのこと。前日の夕食時に知り合った佐賀のご夫婦(の奥様)から、波が寄せる際に砂を掬って出雲大社の素鵞社に納め、引き換えに既に納められている砂を持ち帰るとご利益があると教えていただいた。それに従って、弁天島の脇で波が寄せるタイミングで紙コップで砂を掬った。この紙コップは宿の浴室のウォーターサーバーから調達してきたもの。
いよいよ出雲大社に参拝。勢溜の大鳥居から参道を下っていくところが面白い。前方に見える山が小雨に霞んでいて「八雲立つ」を思わせる。


八脚門で二礼四拍手一礼で参拝。瑞垣の内側には入れないので、玉垣に囲まれた本殿はここから参拝する。瑞垣に沿って左回りに進み、その際、本殿真後ろの素鵞社で稲佐の浜から持ってきた砂を交換した。


一通り参拝を済ませ、さらに宝物館も見学した後、大社の境内から少し東側にある摂社の命主社を訪ねる。ここは大国主の命を助けた神様を祀る社とのこと。椋の巨木を前に静謐な雰囲気。


昼食は老舗の出雲蕎麦屋に入る予定だったが、行ってみると忌中の簾がかかっていて休業。それではと、ナビの道案内で別の老舗に向かったが迷ってしまい、偶然見つけた蕎麦屋に入る。結果的には大正解でとてもおいしい出雲蕎麦をいただくことができた。
宿に戻る途中で佐多神社に立ち寄った。田畑の広がる中を行くと想像を超えた立派な構えの神社が現れた。正中殿、北殿、南殿を玉垣が囲む造り。参拝者はまばらでとても静か。佐多神社は垂仁天皇の時代に創建された後、717年に再建され、当時は出雲大社に匹敵する社領だったものの太閤検地により大幅に減じられたとのこと。



4月24日 曇りのち快晴
朝、宿の窓から宍道湖を眺めていたら、すぐ前で数隻の漁船が来て何やら作業が始まった。そのうちに次々に漁船が加わった。これが宍道湖のシジミ漁なのか。目前で見られてよかった。


この日の最初の目的地は松江の南側の山里にある熊野大社。ここは出雲大社と共に出雲国一宮で火の発祥の神社とのこと。出雲大社で毎年行われる古伝新嘗祭の御食を作る際に使われる火起こしの神具:燧臼と燧杵はここ熊野大社が所有していて、これらの神具を出雲大社に貸し与える神事(鑽火祭)を執り行う鑽火殿という建物が境内にある。


次に、八重垣神社を訪ねた。ここは八岐大蛇伝説で知られているが、最近は奥の院の鏡の池が縁占いで有名になっているのような印象を受けた。
次に、神魂(かもす)神社を訪ねた。神魂神社は、出雲国の国分寺と国府に近く、日本最古の大社造である本殿と拝殿は国宝に指定されている。人影は少なく社務所は無人で商売っ気がなくその分質実な印象を受けた。


参拝が済むころから雲が晴れて青空が広がる中、峠を越えて足立美術館に到着。有名な美術館だけあって訪れる人が多い。庭園は評判通りの素晴らしさで、横山大観や北大路魯山人のコレクションも充実していて、このようなのどかな場所によくこれだけの美術館を作ったものだと感心した。


美術館の沿革には、創設者の足立全康は、若い頃、近くの雲樹寺の枯山水の庭園を見て感銘を受け、将来自ら枯山水の庭園を作ることを決意した旨書かれていた。その雲樹寺は四脚門が重要文化財に指定されていて、この後参拝を予定している。
美術館に併設された土産物コーナーで買い物をした後、雲樹寺に向かった。お寺の入り口がわからず少し迷ったものの無事到着。残念ながら四脚門は修復中で見学が叶わなかった。ご住職は落語研究会出身と思わせるような話上手な方で、短い時間で興味深い話をたくさん伺うことができた。足立全康が感銘を受けた枯山水の庭園はこれ。


これで予定した場所は全て周り、レンタカーを返却して米子空港に到着。搭乗ゲート近くの土産物店で、米子出身のご近所の方から勧められたスルメイカの醬油漬けを買い求めて搭乗。飛行機は10分遅れで出発。窓からは夕暮れの大山を眺めることができた。


離陸後すぐに左下に美保関を見る。思っていた以上に奥まった入り江だ。前々日訪ねた場所なので何だか懐かしい。



靄がかかって飛行中の眺めはよくなかったが、鳥取兵庫県境辺りの海岸線、琵琶湖湖北、名古屋港、浜名湖は確認できた。東京に近づく頃、夕映えの空を背景に雲海に浮かぶ富士山がくっきり見えた。翼の先端近くには宵の明星が見えた。


着陸態勢に入り、機体は雲海に突入してガタゴトと揺れながら降下し、羽田空港に無事着陸。空港からバスでたまプラーザに着いたのは8時半頃。行きは1時間20分かかったのに帰りはその半分の40分だった。ビールを買って帰宅して乾杯。
今回の旅行を通じて、出雲国は神話の時代から有力な公家や武家の活躍の舞台となった歴史豊かな土地であることを実感した。充実したよい旅だった。


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